chapter1740:炎の人ゴッホ

画像月曜ロードショー、1974年1~3月分の放映リスト。
(再)は再放送です。

1月7日「泥棒成金」(1954)
 監督:アルフレッド・ヒッチコック、出演:ケイリー・グラント
1月14日「炎の人ゴッホ」(1956)
 監督:ヴィンセント・ミネリ、出演:カーク・ダグラス
1月21日「怒りの荒野」(1967)
 監督:トニーノ・ヴァレリ、出演:ジュリアーノ・ジェンマ
1月28日「怪奇な恋の物語」(1969)
 監督:エリオ・ペトリ、出演:フランコ・ネロ
2月4日「大酋長」(1954)
 監督:シドニー・サルコウ、出演:デイル・ロバートソン
2月11日「刑事〔デカ〕」(1968)
 監督:ゴードン・ダグラス、出演:フランク・シナトラ
2月18日「殺して祈れ」(1967)
 監督:カルロ・リッツァーニ、出演:ルー・カステル
2月25日「特攻大戦線」(1970)
 監督:ヴァレンティーノ・オルシーニ、出演:ジュリアーノ・ジェンマ
3月4日「オズの魔法使」(1939)
 監督:ヴィクター・フレミング、出演:ジュディ・ガーランド
3月11日「荒野の渡り者(再)」(1966)
 監督:アルバート・バンド、出演:ゴードン・スコット
3月18日「傷だらけのアイドル」(1967)
 監督:ピーター・ワトキンズ、出演:ポール・ジョーンズ
3月25日「グリーン・ベレー」(1968)
 監督:ジョン・ウェイン、レイ・ケロッグ、出演:ジョン・ウェイン

DVD化されているのは「泥棒成金」「炎の人ゴッホ」「怒りの荒野」「刑事〔デカ〕」「特攻大戦線」「オズの魔法使」「グリーン・ベレー」の7本です。


炎の人ゴッホ(1956)
LUST FOR LIFE
監督:ヴィンセント・ミネリ
出演:カーク・ダグラス、アンソニー・クイン、ジェームズ・ドナルド


1870年代、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(ダグラス)は父と同じ牧師の道を目指していましたが、伝道師の試験に落第。
かろうじて仮免許を与えられ、なり手がなかった僻地の炭坑町へ赴任します。
鉱夫たちの困窮した生活を見たゴッホは伝道師としての給料を彼らに注ぎ込み、自らも荒ら屋で貧乏生活を始めます。
しかし、巡回に来た検査官と衝突したため伝道師の仮免許を剥奪されることに。
数ヶ月も音沙汰のない兄を心配した弟のテオ(ドナルド)が訪れてみるとゴッホは病気で寝込んでいました。
画商として成功していたテオの薦めで故郷へ戻ったゴッホは、静養の傍ら絵を描き出します。
同じ頃、未亡人になったばかりの従妹ケイ(ジャネット・スターク)も屋敷に同居するようになります。
ケイを愛するようになったゴッホは結婚を迫りますが、彼女はきっぱりと拒絶。
ハーグへ戻った彼女を追いかけますが、会うことさえ嫌がられてしまいます。
立ち寄った酒場で娼婦のクリスティーナ(パメラ・ブラウン)と知り合ったゴッホは、彼女と同棲して絵を描き続けるのですが…。

「華麗なる激情」の原作者であるアーヴィング・ストーンの小説をヴィンセント・ミネリ監督が映画化した画家ゴッホの伝記映画。
ゴールデン・グローブ賞などこの年の男優賞を軒並み受賞したカーク・ダグラスはアカデミー賞でも主演男優賞にノミネートされましたが、残念ながら落選(受賞は「王様と私」のユル・ブリンナー)しました。
ゴーギャン役でノミネートされていたアンソニー・クインは助演男優賞を受賞しています。

今回は日本語吹替版で見たのですが、DVDジャケットにはキャストが書かれていません。
鑑賞後にネットで調べたところダグラス=瑳川哲朗、クイン=小松方正、ドナルド=亀石征一郎というキャスティングのようですね。
DVDでは吹替のないシーンは原語+日本語字幕になるので、放映時にカットされた部分がよく分かります。
正味2時間の映画なので約20分ほどはカットされているはずですが、何となくゴッホのネガティブな部分をカットしているような…。
吹替部分だけを見るのとノーカットで見るのとでは、ゴッホの印象がかなり変わってしまう気がしました。

さて、ダグラスのゴッホもアンソニー・クインのゴーギャンのどちらも自画像とよく似ています。
他にもゴッホの絵のモデルになった郵便配達人ジョゼフ・ルーランやタンギー爺さんが出てくるのですが、これらの役者も似ていました。
「ジャガイモを食べる人々」「夜のカフェテラス」「アルルの跳ね橋」などの有名な絵のシーンが再現されていますし、アルルのゴッホの部屋も絵とソックリ (^^)
あくまでもフィクションでしょうし、ゴッホが好きな方にすれば変な箇所もあるのでしょうが、ゴッホに詳しくない自分が見ても楽しめる映画になっています。

自分の評価は★★★★のお薦め。
伝記映画にありがちなダイジェストという印象があまりしない作品です。
これはそれぞれのエピソードがゴッホにどういう影響を与えたのか、見ている側に伝わってくるので連続性を感じるからだと思います。
ただ、事あるごとに本物のゴッホの絵を画面に映すというのは狡い気がしないでもありません。
ゴッホが左耳を切り落としてからはダグラスを左から撮ったカットを(多分)使っていないのですが、さほど不自然に感じないのはミネリ監督の上手さでしょうか。
まあ、そういう映画の見方をする自分が厭らしいのでしょうけど (^^;;

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