chapter1326:ロイ・ビーン

画像驚きました。
デヴィッド・キャラダインの訃報です。
http://www.asahi.com/obituaries/update/0605/TKY200906040377.html

自殺の可能性が高いそうです。
コンスタントに仕事もしていたようなのに…。
ご冥福をお祈りします。


ロイ・ビーン(1972)
THE LIFE AND TIMES OF JUDGE ROY BEAN
監督:ジョン・ヒューストン
出演:ポール・ニューマン、ヴィクトリア・プリンシパル、ロディ・マクドウォール


19世紀末、テキサスのペスコにロイ・ビーン(ニューマン)という流れ者がたどり着きます。
メキシコ人が住む掘っ立て小屋のような家が数軒とオンボロの酒場があるだけで、村とも言えない集落のような土地でした。
酒場に入ったビーンは中にいたならず者たちの袋叩きにあい、金を巻き上げられて荒野へ放り出されます。
メキシコ娘マリー(プリンシパル)に助けられたビーンは酒場に戻り、ならず者たちを射殺。
翌日から“判事”と名乗り、酒場に居座るようになります。
ビーンが1人で始めた酒場兼裁判所しかないペスコも、やがて時代の波に乗り町へと発展していくのですが…。

ジョン・ヒューストンがポール・ニューマン主演で撮った異色西部劇。
“首吊り判事”と呼ばれた実在の人物ロイ・ビーンの半生を綴った伝記映画です。
この映画、以前にテレビで見ていますがクマが出てくる西部劇で、関西弁の“けったいな(変な、奇妙な)”という言葉がピッタリの作品だという印象があります。
20数年ぶりに見直してみましたが、やはりその印象通り、けったいな西部劇でした (^^;;

ニューマン以外はジャクリーン・ビセットとエヴァ・ガードナーがチョイ役で出ていた…という記憶しかなかったのですが、実はかなり豪華な脇役陣ですね。
ビーンが判事になる切っ掛けを与える(?)牧師にアンソニー・パーキンス、ビーンのペットとなるクマを置いていく旅の爺さんにヒューストン監督本人、ビーンと対立する弁護士にロディ・マクドウォール、どてっぱらに文字通り風穴を開けられる悪党にステイシー・キーチという配役。
ここに上記のジャクリーン・ビセットとエヴァ・ガードナーが加わります。
それぞれの登場シーンは見ると記憶が甦ったのですが、トニ・パキの牧師だけはどうしても思い出せません。
ひょっとすると、テレビ放映時には彼の出番がそっくりカットされていたのかも知れませんね (+_+)

また、ビーンの恋人のメキシコ娘を演じているのがヴィクトリア・プリンシパルだと知って驚きました。
奇麗な女優さんだというイメージはあったのですが、まさか彼女だったとは…。
テレビ・シリーズ「ダラス」のパメラ役の印象が強いので、気がつかなかったのでしょうね。
オープニング・クレジットに“Introducing Victoria Principal”となければ、今回も見終わるまで気づかなかったかも知れないほど、イメージが違う役柄です。

さて、誰でも彼でも絞首刑にしてしまったことで悪名高いロイ・ビーンですが、劇中の彼は悪党ながら愛すべき人物として描かれています。
ヒューストン監督のユーモラスな演出もあり、どうしてもビーンを憎めません。
アンディ・ウィリアムスの歌が流れる中、ビーンがマリーとシーソーで遊ぶシーンは、ニューマンとキャサリン・ロスが「明日に向って撃て!」で演じた自転車の名シーンが重なります。
プロデューサーが「明日に向って撃て!」と同じジョン・フォアマンですから、これはヒューストン流の“お遊び”でしょうね。
となると、クマ君はレッドフォードになるのでしょうか (^^;;
静止画を多用しているあたりも、何となく「明日に向って撃て!」を意識しているような…。
フォアマンがヒューストンに撮らせた“アメリカン・ニューシネマ”という雰囲気の作品です。

今回見て気づいたことが、もう1つあります。
一応、ネタバレになるので伏せ字にしておきますね。
以下、読まれる方はマウスでドラッグして反転させて下さい。

終盤、赤ちゃんを産んだマリーが亡くなり、ビーンはペスコの町を去ります。
この時、ビーンがマリーの忘れ形見となる赤ちゃんを抱こうとしないのは、娘ではなく息子を望んでいたからだと思っていました。
しかし、これが息子であっても、このシーンでビーンは赤ちゃんを抱いてはいけないのです。
憧れのリリー(精神的な支え)に会えなかった上、最愛のマリー(現実的な支え)が亡くなるという悲劇が重なってしまったため、ビーンは町を去るのです。
赤ちゃんのことなど、この時のビーンにはアウト・オブ・眼中だったはず。
もし、ここで赤ちゃんを抱いてしまっては、彼女の存在を意識してしまうことになり、自らが築いた大事な町を去る理由がなくなってしまいます。
では、なぜ息子ではなく娘にしたのか。
この後の展開で息子と娘のどちらが、より映画が盛り上がるか…を考えれば明白ですよね (^^)


この映画を強引にを一言で言ってしまえば、“時代の波に乗り一代で町を築き上げたのに、次の波に乗り損ねた男の悲喜劇”でしょうか。
監督のジョン・ヒューストン、製作のジョン・フォアマン、脚本のジョン・ミリアスという3人のジョンが遊び心タップリに作り上げたロマン溢れるファンタジー。
『普通の映画ならここで終わるはずですが…』という前置きの後で付け足されるラストが最もスペクタクルな見せ場だというのも、彼らの“お遊び”のうちでしょう。
いつもの大作風とは一味違うモーリス・ジャールの音楽も効果的です。
自分の評価も★★★★のお薦めです。

○本日のオマケ
アンディ・ウィリアムスが歌う挿入歌「Marmalade, Molasses and Honey」
ヴィクトリア・プリンシパルとアンディ・ギブのデュエットで「All I Have To Do Is Dream」

この記事へのコメント

行かない旅
2009年06月06日 07:38
へー、ロイ・ビーンって実在の人物だったんですね。

今僕が見進めている監督のひとりにウィリアム・ワイラーがいるのですが、つい先日見た「西部の男」もウォルター・ブレナン演じるロイ・ビーンが一方の主役(一応主人公はゲイリー・クーパー演じる流れ者)で、このエントリのタイトルにはおや?と思いました。

こちらもなんとなくユーモラスな変わった西部劇で、解説を読むと似ているかもしれません。1940年の作品だから影響があるのかも。ロイ・ビーンはどこか憎めないし、またクーパーや他の人たちも一癖あって、勧善懲悪ではありません。

キレの鋭いかんじではなく不思議にフワフワしてるんですが、それが引っかからなければかなりオススメです。強いて雰囲気だけでも似てる作品を挙げればペキンパーの「ケーブル・ホーグのバラード」とかかなー。
タラララ
2009年06月06日 17:01
そうそう、「西部の男」にもロイ・ビーンが出てきましたね。
たしか、ブレナンは女優のリリーに会って、最後は殺されたように記憶していますが、こちらは違う展開です。
ちなみにリリーという女優も実在の人物だそうですよ。
今、ふと思ったのですが、「寅さん」に登場する旅役者のリリー(浅丘ルリ子)の名前は、ここから取っているのかも知れませんね。

ペキンパーの「砂漠の流れ者」も昔にテレビで見たきりです。
ノンビリとした西部劇だった気がしますが、あまり面白かった印象がないので…。
今見ると楽しめるような気がするので、近いうちに見直してみましょう。
一応、DVDは廉価版になった時に購入しています (^^;;